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シリーズ「大学院ってどんなところ??東京外大の秘境を訪ねる?」研究と進路を模索する?紺谷南さん(博士前期課程2年:ドイツ?東欧近現代史/ホロコースト研究)インタビュー

外大生インタビュー

大学院博士前期課程(修士)に進学した学生は、基本的に修了までの2年間にその後の進路を決めなければなりません。就職するか、博士課程に進学するか、または他の道など多様な選択肢がありますが、進路に向けての準備をしながら研究に集中することは決して簡単なことではありません。今回取材した紺谷南(こんたにみなみ)さん(博士前期課程2年)は現在休学中で、在ドイツ日本国大使館にて経済班専門調査員として働いています。紺谷さんがこれらの経験を通して考えている研究と進路の可能性について伺いました。

取材?記事担当:照井美優(てるいみゆう)大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース2年

大学院進学の経緯

???大学院に進学しようと思ったきっかけは何ですか?

学部時代の留学経験が大きいです。留学する前までは、多くの人と同じように自分も4年で卒業して就職活動をして企業で働くのだろうと思っていました。しかし、ドイツでは学部生でも20代後半以上の人が当たり前にいて、学部卒業後別の学部に再入学する人もいます。年齢を気にせず自由に学問に取り組んでいる様子を見て、もしかしたら大学院進学は限られた人のみが進むものではないのかもしれないと思ったんです。そこで、私は自分の研究テーマをさらに学んでいくことに興味があったので、自分が進んでもいい道なのではないかと思い、進学を決意しました。

???大学院試験に向けてどのように準備しました?

私は内部生向けの推薦入試を受験しました。研究計画書が審査対象で、それに沿って口頭試問が行われました。そのため、自分が研究したいことを簡潔に説明できるよう練習したり、試験官から指摘されそうな自分の研究計画の詰めの甘い部分等をあらかじめ想定し、どう答えるかを考えたりしていました。

大学院での日常

???学部から修士課程に進学する過程で生活に変化はありましたか?

学部では卒業単位のために履修しなければならない授業がありますが、修士で取る授業は自ずと自分の関心のあるものが中心になるので、もちろん内容は難しいですが、修士の学生生活はとても楽しいです。一方、修士では研究という個人作業がメインになるので、関心の方向が同じ院生の友人とコミュニケーションをとって精神的に支え合っています。

???ゼミの様子は学部と違いますか?

学部よりも各ゼミの人数が少ないので報告の頻度が多くなりました。読まなければならない文献の分量も多いです。取り組んでいるときは大変だと感じますが、資料をまとめて発表する機会が増えたことで、必然的に自分の考えや研究に対して先生や他のゼミ生からフィードバックをもらえることも多くなり、とても充実しています。

ドレスデンにて友人と。

高校生以来の関心を探究

???研究テーマは何ですか?

「第二次世界大戦期ナチ占領下のリトアニアにおける現地住民の対独?対ホロコースト協力」です。高校の世界史の授業でホロコーストを習った際、特定の集団が組織的に迫害?殺害されていく現象が当時の高校生の自分にとっては大きな衝撃で、何がどういった過程で起こっていったのかもっと学びたいと思いました。学部時代の卒業論文ではリトアニア臨時政府や部隊といったいわゆる「上層」にあたる組織を研究対象にしていましたが、修士課程では村の住民などいわゆる「普通の人びと」に焦点を当てています。ホロコーストを考える上では、それを遂行したナチの支配構造や政策だけでなく、協力や傍観、抵抗、犠牲者への支援などの多種多様な行動をとった現地住民というアクターも重要な要素だと私は考えています。実際に自分たちの「隣人」だったはずのユダヤ人が殺害されるという状況に置かれ、彼ら現地住民がどういった動機?理由のもとでいかに反応?行動したのかについて研究しています。

???ドイツ語専攻科に所属する中で、なぜリトアニアを研究領域にしたのですか?

ホロコーストについて学ぶなかで、最初に東欧におけるホロコーストと現地住民の対独協力に関心を抱きました。その中でもリトアニアでは、戦前にいた約9割のユダヤ人が第二次世界大戦中に殺害されるなど、他の東欧諸国の中でも特に高い徹底性をもってユダヤ人絶滅政策が実施された地域でもあります。さらに、他地域と同様に現地社会の多様な人々がさまざまな形でホロコーストに関わっていたことを知り、リトアニアにおけるホロコーストと現地社会の関係性について明らかにしたいと思うようになりました。

???東京外大にはリトアニアを専門とするゼミがありませんが、どのようにゼミを選択しましたか?

学部時代から引き続き、東欧地域の民族問題やナショナリズム研究を専門とする篠原琢教授のゼミと、ナチズムをはじめとするドイツ近現代史を扱う小野寺拓也教授のゼミに参加しています。自分の研究分野は「東欧」と「ドイツ(ナチズム)」という要素を含んでいるため、両ゼミでの学びは2つの居場所からいいとこ取りをしている感覚で、これほど贅沢なことはないですね。両方のゼミ生の専門は多様で、その異なる観点はいつも刺激になっています。

ドレスデン「君主の行列」(ドイツ?ドレスデン)

???研究上、難しい問題はありますか?

まずは、現在リトアニア語を勉強中なので、アクセス可能なリトアニア語文献の100%を全てフル活用できているわけではないという点です。早く高度な学術文献等も読みこなせるよう、日々奮闘中です。また、ホロコースト研究において、例えばポーランドについては日本語で読める研究もある程度蓄積がある印象ですが、リトアニアに関する邦語文献は多くありません。そのため主に英語とドイツ語、今後はリトアニア語でも研究を進めていく必要があります。外国語文献を読むのは体力が要りますし時間もかかりますが…。第二に、史料批判です。史料に書かれていることをそのまま鵜呑みにする危険性を意識しつつ、現地住民の声が綴られた史料は数量的に多いわけではありません。そのため、アクセスできるものの質的?量的制限がある史料の扱いは適切な史料批判のもとで積極的に使用していきたいと思うと同時に、その作業の難しさを感じて葛藤するときもあります。

???紺谷さんは昨年、東京外国語大学海外事情研究所が毎年発刊している『クァドランテ』第25号(2023年3月)に書評論文を投稿しましたが、その際意識したことはありましたか?

当然ながら、書評する本の著者や訳者は明らかに私より知識も研究の経験もある人が書いているので、新しい観点を得られたという感覚の方が大きく、それを批判的に読むのはハードルが高く、書評はとても難しい作業だと改めて感じました。そうした中でも、その本が諸研究の中にいかに位置付けられるか、どのような新規性があるのかを述べようと心がけました。

*『クァドランテ』第25号(2023年3月)

ベルリン州立図書館(ドイツ?ベルリン)

学部時代から培っているドイツ語で職務経験

???どのような経緯で在ドイツ日本国大使館経済班専門調査員に応募しましたか?

任期付きかつ実際にドイツで働けるのが魅力的で、もともとこのポストには興味がありました。職務経験を積んでみたかったというのと、これまでずっと自分が勉強してきたドイツ語やドイツに関する知識が実務でどれほど活かせるのか挑戦してみようと思い応募しました。ベルリンに位置する在ドイツ日本国大使館では経済班と政務班のポストが募集されていましたが、募集要項を読んだ際に、ドイツ国内だけでなくEU全体との関係に関わることができそうな経済班を応募しました。また、私はそもそも「経済」という分野に苦手意識を持っていたので、実務で関わることで楽しい発見もあるかなという期待もありました。

???実際に働いてみてどうでしたか?

学部での留学以来愛着のあったベルリンで実際に働き、仕事という緊張感のある場所でドイツ語でコミュニケーションができているのはとても貴重な経験ですし、勉強してきて良かったという自信につながっています。仕事内容は調査?研究ばかりではなく、いろんな業務があるので飽きません。具体的には、ドイツの経済事情について情報収集し重要なことを日本に報告したり、大使館の管轄州に所在する日系企業を視察?訪問し意見交換したりしています。秘書のようにアポイントメントを調整することもありますし、大使などの大使館幹部や自分の上司にあたる経済班班長が、ドイツ連邦政府や経済団体関係者と対談する際には自分も同席して議論の記録?報告を行います。他にも、大使館で、経済関係の行事やレセプションが開催されるとなれば、そのオーガナイズや準備、各班との調整など、ポスト名からは想像できないほど多岐にわたる業務に携わっています。

???学生生活からの変化はありましたか?

環境の違いは大きかったです。日本大使館は行政機関なので、やはり規律と上下関係を重んじる雰囲気があります。着任直前まで大学で自由に自分の好きな学問に取り組んできた身としては、そのギャップは想像以上で、最初は辛いと感じるときもありました。また、日常会話や学生同士で話すドイツ語と職場やフォーマルな場で使うドイツ語との違いに慣れるのにも苦労しました。仕事でメール一本書くにも適切な形式や語句、表現を全く知らなかったので、仕事相手や大使館の現地職員さんが書くドイツ語のメールから、よく使われる表現や語彙などを書き溜めて新たな表現をストックしておき、自分も自然なドイツ語を活用できるように心がけています。

旧国立美術館(ベルリン)

念願のリトアニア訪問

???今回の滞在期間において、お仕事以外で新鮮な体験はありましたか?

念願かなって昨年の夏にリトアニアに訪問することができました。偶然同じ時期にリトアニアに滞在しているとお聞きしていたリトアニア近現代史専門の日本人研究者に連絡をとり、現地でお会いすることもできました。その方に案内してもらいながら、ヴィリュニュスの元ユダヤ人居住地区やゲットーの跡地、旧社会主義体制時代の監獄、カウナスのポグロム跡地など、これまで文献上でしか知らなかった場所に実際に訪れることができ、とても充実した滞在でした。もちろん、教会やきれいな街並み、美味しいリトアニア料理など、楽しい観光も満喫しましたよ!

その中でも特に強烈な印象を受けたのは、ヴィリニュス近郊に位置するポナリの森という場所で、そこではナチ占領期にリトアニアのユダヤ人の大量射殺が行われました。郊外の木が生い茂る森の中に、ユダヤ人を射殺し遺体を埋めるために掘られた、ぽっかりと地面が大きく窪んだ穴がいくつも点在しています。ガス室や火葬場、鉄条網、バラックなどさまざまな「設備」が保存?展示されている強制収容所とは大きく異なり、自然の中に大きな穴だけが残されている以外その場所には「何もない」というそのことが、そこで行われた殺害方法の原始性を痛々しいほど物語っていました。一概に「ホロコースト」と言っても単一の現象ではなく、国?地域や時期によって様々な形と規模で発生していたのだということを改めて痛感しました。

リトアニアのポナリの森

「やりがい」で進路を選択

???現職の任期終了後はどうする予定ですか?

帰国後復学し修士論文を提出し終えた後は、そのまま博士後期課程に進むつもりです。外国での経済関連における約2年間の職務経験は、行政機関や民間企業などへの就職の際にも大きな強みになると思っていたので、進路についてはギリギリまで本当に悩みました。でも、これからの人生においてほとんどの時間を占めることになる「仕事」は、心の底から自分の興味と熱量を注げるものじゃないといけないと、ベルリンでの生活を通して気づきました。決断した後の今でさえ、本当にこの進路でいいのかどきどきしています。でも、専門調査員に応募した際も同じような不安でいっぱいでしたが、今はこの道を選んで本当によかったと思っているので、今回も大丈夫だと信じています(笑)。

???進路を検討している学生に向けてメッセージをお願いします。

進路については私もたくさん悩みました。私もそうでしたが、多くの人は進路について、先生や家族、友達、先輩?後輩などいろんな人に相談すると思いますが、最終的には自分が「やりたいか」どうかで決まると思います。他人の人生なので、安易に「大学院は楽しいからみんなもおいでよ!」とは言えません。でも、修士課程中に約2年間の社会人勤務を挟み、修了までに長い時間をかけている私の進路の一例を知って、私が学部時代のベルリン留学でそう感じたように、「こんな進路の人もいるんだから、自分が大学院で少し勉強を続けるのも案外良いのでは?」と進学へ一歩踏み出してくれる人がいたらそれはそれで嬉しいなぁと思います。

クリスマスマーケットにて(ドイツ?ドレスデン)

編集後記

大学院進学に限らず、進路に対する不安は誰しも抱くものです。しかし、進路の決定までに新たな世界を知れば知るほど、その可能性は広がっていくと思います。その点で、大学での学びや留学は、多様な人びとと出会いつながることでそれまでの凝り固まった自分の価値観をほぐす絶好の機会であり、本学はそうした環境に恵まれているのではないでしょうか。さらに、その大学や留学で得たスキルや考え方は、紺谷さんの職務経験のように次のステップへ活かすことができます。経験の積み重ねによって常に自分をアップデートしていくことが、いつか「自分が本当にやりたいこと」に結びついていくと信じています。

照井美優(大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース2年)

本記事は本学学生により準備されましたが、文責は、東京外国語大学にあります。ご意見は、広報マネジメント?オフィス(koho@tufs.ac.jp)にお寄せください。

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